新聞の連載記事がきっかけで、3月2日、都内東村山市にあるハンセン病資料館に行ってきました。「高山勝介作陶展」鑑賞のためです。高山さんの視力は両目とも0.01〜0.02だそうです。手も見せてくださいました。不自由な目と手で土を捏ね、ロクロを回し、こんな素晴らしい作品ができるものかと感動しました。
初めて伺いましたが、行ってみて初めてわかることがあります。この高山さんのように、ハンセン病の後遺症で視覚障害になられた方がたくさんいました。昭和30年には多磨盲人会が発足し、会員は159名にものぼりました。手指の感覚のない盲の方には、本来盲人のための文字である点字を読むことができないのです。
やがて、唇か舌先で読むことを考えつきました。盲人会が発足して間もない頃、点字講習会が開かれました。講習生は、繰り返し繰り返し点字を舐めました。舌先ににじむ血で、紙面を染めながら、何日も何日も習得に努めました。しかし、大部分の人は落後し、改めて絶望を味わう結果になったということです。
その後、日本点字図書館から録音テープ無料の許可が下りたり、日本盲人テープライブラリーが開設されたりしました。昭和46年には、テープライブラリーに対し、朗読奉仕者の申し込みが殺到。朗読会も定期的に開かれました。
盲人会の活動が活発化し、ハーモニカバンドが結成。園内ばかりではなく、外でも演奏を披露し、喝采を浴びました。しかし年々、会員数がへるばかり。高齢化が進み、亡くなる人が増えたということです。平成16年には、会員数が、46名となりました。なんといっても現在、平均年齢が84歳です。高山さんが、「今では、介護士に頼んでの、対面朗読のようなものでしょうか」とおっしゃっていました。
資料館の中にある図書室には、ハンセン病関連の図書資料、療養所入所者発行の文学作品や機関誌等が並んでいます。職員の方のお話では、「点字愛生」などの貴重な点字資料を広く社会に伝えるため、また後世に遺すために墨字化への取り組みをスタートさせるそうです。
ところで、ハンセン病になった人たちの隔離を定めた「らい予防法」がなくなって15年。自由になったけれど、帰る家を無くし、今もって本名を名乗れない人が、全国の施設に暮しています。こういう視覚障害者をはじめ、みなさんに、今私たちは、何ができるのでしょうか。新聞の連載記事の最後にこう記してありました。「今なら会える人がいる。まだ間に合う。みなさんも話を聴きにでかけませんか」と。
2月25日、事務局の猪俣、大田そしてIMDプロジェクト事務局(伊藤忠記念財団マルチメディアDAISYプロジェクト事務局)の佐伯さん、和田さん、南部さんと共に調布図書館に出向きました。牧野さん、濱田さんとマルチメディアDAISYに関する分科会の打合せを行なうためです。
牧野さんは調布デイジーの代表であり、当事児童のお母さんでもあります。濱田さんは、マルチメディアDAISYの開発と普及を進めるNPO支援開発機構の代表です。お二人は、教科書の製作もしています。
当日の7日には、まず濱田さんから、マルチのイロハを教えていただこうと思います。まだ画面も観たことのない方のために教科書と子ども向けの普通の本を、デモンストレーションします。続いて教科書の牧野さん、そして完璧分業で音声のみ提供しているIMDの南部さんから報告があります。
それから、もう一人、遠方なこともあり、当初この分科会への参加は無理と思われていた、当事生徒のお母さんが、出てくださることに。「ぜひ、全国から集う音訳者のみなさんに、子どもの学習環境を知ってもらいたい」と参加してくださることになりました。母親の叫びに似たこの方のお話を、一人でも多くのみなさんにお聴きいただきたいと思います。同時に、マルチメディアDAISYのことを共に学びたいと思います。
事務局の川上から、地元の相模原にこんな会ができました、と教えてもらってからだいぶたちました。一度、代表の方にお話を伺いたいと思いながら、今日まできてしまいました。
今回の総会、二日目の分科会のひとつに「図書館との連携を考える(仮題)」を予定しております。そんな関係で急遽、2月14日町田で「図書館と市民をつなぐ会・相模原」の代表 山本宏義さんにお目にかかりました。山本さんは図書館長をなさったこともあり、現在は大学の教授でもいらっしゃいます。
会の発足は2009年。図書館や読書に関心を持つ人々が集まり、図書館と市民の橋渡しをして、図書館と市民が共に成長していくことを目指しています。学習会や見学会を通して、図書館について学んだり、読書普及の活動等、行っているそうです。
音訳ボランティアとして、思うことがあっても、なかなか図書館の敷居が高くて、「もの申す」ことが難しい。でもこのような「つなぐ会」ができて、クッションになってもらえて助かっている、と川上は言っていました。
利用者の為という大前提を忘れなければ、図書館にたいしても、伝えるべきことはきちんと伝えていくべきだと思います。本来、図書館職員のみなさんがやるべきことの一部を、音訳ボランティアが肩代わりしているわけですから。なかには図書館とボランティアの意志の疎通がはかられ、録音図書のデイジー化もすすんでいるところが、たくさんありますから、一概には言えませんけれど。
今回の分科会で、ぜひその辺のことも、みなさんと話し合えたらと思います。14日は、このあと、町田でもうひとつ、打合せを終え、飯田橋に戻り役員会。終わって外に出たとたん、雪でした。
音ボラネット設立以来、私以外は全員、それぞれの所属するグループの活動をこなしながら、事務局の運営に関わっています。月2回の定例会議に全員がそろうことはありません。最近は、親の介護、子どもの結婚・出産、そして自身の体調不良と、役員会ですら厳しい状況になっています。
そんな中、又総会の年を迎えました。全員が満足する企画などありえませんが、今回も、少しでも多くの情報発信ができればと考えています。特に三つの分科会のうち二つはシンポジウムを予定しております。一つのテーマに複数の異なった立場の方をお招きして、事例発表をしていただこうと思います。
しかし、企画から当日の運営まで、事務局で行うのは限界があります。そこで初めての試みとなりますが、一つの分科会を事務局以外の人たちに、回してもらうことを、思いつきました。
マルチメディアDAISYに関する分科会を、現在、伊藤忠記念財団の事業に協力しているIMDプロジェクト事務局のみなさんにお願いすることにしました。大枠は音ボラネットの事務局で決めましたが、キャッチフレーズを考え、当日どのように会を進行するかはお任せします。
1月30日に1回目の打合せを行いました。パネリストとの打合せを含め、後なんどか、集まることになりそうです。それぞれに多忙な中、快く引き受けてくださって、ほんとうに助かります。
尚、6月6日の総会当日も、上記事務局の事情により、受付けや会場案内等のお手伝いを募集します。詳細は、3月中旬発行の会報をご覧ください。
1月29日、東武亀戸線の小村井にある墨田区立あずま図書館に、事務局の鶴岡と、山内薫さんをお訪ねしました。山内さんも多忙を極めている方で、なかなか調整ができません。朝9時の訪問でようやくお目にかかれました。
1969年からあずま図書館に勤務、障害者サービスだけではなく、児童サービス等あらゆる図書館サービスに尽力されてきた方です。徹底して利用者の要望に応える姿勢は、図書館職員のみなさんのみならず、私たち音訳者も学ぶべきところがあると思います。
さて、6月の総会の折りの分科会の一つに「図書館との連携を考える(仮題)」を企画しています。パネルディスカッションを予定していますが、パネラーのお一人としてお招きしたいとお願いするために伺いました。
著作権法改正後の公共図書館は、どう変わったのか、ぜひ伺いたいものです。音訳者と図書館との連携について、また障害者サービスに対する図書館職員の姿勢等、質問させていただきました。
音訳者だけというのではなく、利用者と一緒にというのが大切ですと。また、色々なことに気づいていない人たちに気づいてもらうための努力も大事だが、先ず今、気づいている人たちと関係していくことが大切ともおっしゃっていました。示唆に富んだお話を種々、伺いました。分科会が楽しみです。
ところで、「山内薫さんのさらなる活躍を祝う会」が3月21日、四谷の主婦会館プラザFで開かれます。日本図書館協会主催で記念講演とパネルディスカッションが予定されています。早速、私も参加申込みをしました。
昨年の暮れに読書権保証協議会では図書館による読み書きサービスの実現に向けて、第一歩を踏み出しました。25日にその第二弾として、「読み書き支援員」養成講習概要の説明会が、神田神保町の(株)大活字内で開かれました。今回も国会議員や区会議員、報道関係者がたくさん参加していて、さすが事務局長の市橋さんの手腕と感じ入りました。こういうことを広く知ってもらうには、マスコミの力を借りるのが第一ですし、予算面からも行政の後押しがなければ活動も、ままなりません。
ここで利用者として、元都立中央図書館の田中章治さんと、支援員役の元京都ライトハウスの加藤俊和さんとで実際のサービスの様子をデモしてくれました。 そして、私も賛同団体の代表ということで挨拶させていただきました。
今、一からこの支援員を育てるのは時間もお金もかかるので、読むというスキルのある、そしてすでにこのサービスを実践している音訳ボランティアに、うまく協力してもらえる方法を考えるのが先決ではと申し上げました。
またあるところで「読み書き支援」が音訳ボランティアと、どう関係あるのかと言われました。何も音訳というのは本を読むだけではない。私たちの訓練された読むという技術が生かせることなら、色々なことに協力していくべきではと話したところです。
一昨年一月「マンガも読んでみよう」で事例発表し、おおいに会を盛り上げてくださったYAクラブのみなさんを覚えていますか。その何人かが参加している「こうばこの会 語りの花束」が22日、都内杉並で開かれました。かんこさん、たらこちゃん、しろちゃんと懐かしいみなさんの熱演でした。
まず、かんこさんの「カスパーシアター」は必見です。ドイツ在住の時に出会ったカスパーくんという男の子が主人公の人形劇で、本場ドイツでも大人気なのだそうです。何人もの登場人物(動物のこともあり)の声を使いわけるのは、マンガも台本なしで、実に楽しそうに読んでいたこの方の真骨頂でしょう。視覚に障害のある人もない人も、一緒に頑張り、一緒に楽しむ、いい企画でした。
会場にも障害者の方がたくさん参加していました。点字をかなりのスピードで指で追いながら口を動かす人、点字が得意でない人はイヤホンで聞きながら口を動かす。いずれも聴いているだけでは、見える人と遜色がありません。一人語りと複数語りがありました。いずれも難しいところはあるでしょうが、複数語りは間の取り方とかが問題でしょうか。まず一人で練習してその後、合わせる練習を何回かしましたと二人語りを披露してくれたしろちゃんが教えてくれました。
何といっても、こちらのみなさんの良さは、視覚障害の人もそうでない人も、生き生きと楽しみながらやっているというところでしょう。実にいろんな活動があります。こちらも楽しませていただきながら、いろいろな気付きがあります。
フルタイムで働いている方から年に4〜5件、「音訳をやりたいが、どうすればいいのか」と問合せがあります。以前は私たち事務局がお世話になっている東京都のボランティアセンター(ボラセン)にまず連絡があり、そこからの紹介がほとんどでした。今では、「音訳について、インターネットで調べてみようと思ったら、そちらのホームページを見つけました」というケースがほとんどです。その回答としては、最寄りの図書館や社会福祉協議会にお尋ねくださいとお伝えしてきました。でも、せっかく今、音訳をやりたいと言ってきている人を、どこかにつなげられないものでしょうか。メールで何回もやり取りするより、視覚障害者を取り巻く様々な現状を話し、少しでも音訳への理解につながればと、直接おあいすることにしました。
1月16日には若い女性、22日には51歳の男性とボラセンでお目にかかりました。 お二人とも真面目で、お役にたてることがあればという思いが伝わってきます。しかし音訳は、思いがあっても、すぐにはできるものではないということに、まず戸惑うようです。視覚障害者の目の代わりですから、そう簡単ではありませんね。
通常の音訳講習会は、夜間や土日に開催されるものはまず、ないといっていいでしょう。カルチャースクールはあるかもしれませんが。また、それぞれの開催予定が、いつでもだれでもがわかるような状態になっていません。更にたとえこの講習会がクリアできたとしても、その後の活動をどうするかということになると、これまた難問です。そもそも、主婦が支えてきた活動ですから、すべてが主婦の動きやすい曜日や時間帯になっています。
しかし、ここにきて、音訳者も高齢化してきています。若手新人育成のためにも、見直しが必要な部分がでてきているように思います。お二人とも、「ホームページだけではわからなかったことがわかったし、藤田の思いも、よくわかった」 と。音訳の奥の深さに驚きながら、再度情報を集めてみたいとおっしゃっていました。ひとつの出会いを大切にしながら次につなげられる道を、模索していきたいと思います。みなさま、このことについて何かいい考えがありましたら、ぜひ教えてください。
視覚障害教師の会の拡大役員会(12月26日・27日)の開催にあたり音ボラネットの事務局の平井を通してサポート依頼がありました。この会は年2回大阪と東京で開かれているものです。そして夏期研修大会があります。今回は各地から20人ほどの先生が参加されていました。
さて26日は、平井とそのグループのみなさん、27日は、同じく事務局の泉、藤田、そして娘までかりだしました。会場は宿泊も可能な東京都身体障害者総合スポーツセンターです。主な内容は講演会や会議、教科別交流会、そしてオプションとして街に出て落語鑑賞や食事会などもあります。私たちのお手伝いの主なものには、食事の案内、移動の付き添い、トイレの案内等があります。暮れの混雑している池袋に出ました。シャトルバス組と電車組に分かれてしまいました。食事会の会場や演芸場にご案内するのは、少し不安でした。下調べが必要だったかもと思っていると、猫の手の娘が頑張ってくれました。こういう時、機転のきくフットワークの軽い若い人は、いいなあとしみじみ思いました。話がそれましたが、以下、私が感じたことです。
単純には比較できないそれぞれのご苦労があります。しかし、見えない先生が、見えない子どもたちを教えるのと、見えない先生が、見える子どもたちを教えるのとではやはり、後者の方がより困難を伴うと感じます。視覚障害の先生方がその良さと力を発揮するためには、現場の校長先生以下、回りの先生方の理解と協力が不可欠です。でも、なかなか厳しい現状もあるようです。
そういう中にあって、あるベテランの先生が、一人ひとりがスキルアップへの努力をする、そして一つでもキラリと光るものを持つことが大切とおっしゃっていました。感動しました。このことは、障害があるとかないとかに関わらず、私たちにも言えることではないでしょうか。視覚障害の先生が普通校の教壇に立つために、その先生をサポートする複数のボランティアが必要だと思います。日々の教材やプリントを読む人たちです。ここで思うことですが、もちろん十分ではない小説等を読むことも大切です。しかし一人ひとりが自立した生活を送るために、生活情報や専門情報もまた必要なのです。ある先生がおっしゃっていました。特別上手でなくていい、早く読んでほしいと。
ベテランの先生ともなるとご自分でそういうボランティアをみつけ上手にサポートしてもらっています。でも若い先生やあまり行動力のない先生は、どうしたらいいのか悩み孤立しそうなケースもあるようです。すでに京都の福知山の先生がサポートを探しているようです。今、京都の方々にお尋ねしているところです。情報をお寄せください。
12月23日、日本リハビリテーション協会主催の報告会「DAISY教科書を活用した読みの困難な児童・生徒に向けた支援」が開かれました。マルチメディアデイジー図書の製作(音声のみ)に協力している私たち音ボラネットIMDプロジェクト事務局6名全員での参加でした。 学校の先生、保護者、教育関係者等の事例報告がありました。会場戸山サン ライズ大研修室一杯の参加者でした。中には、顔見知りの音ボラネットの会員や図書館職員もちらほら。神戸、奈良等遠方からも参加していました。
主催のリハ協では、「教科書バリアフリー法 と著作権法の改正により、ボランティア団体の協力を得て、通常の教科書が読めない小・中学校の児童・生徒にDAISY形式のデジタル教科書を提供。今年の10月からはネット配信も始まり、無料でDAISY教科書が手に入る環境が整った。
しかし、来年度の教科書改定や製作ツールの整備など、ボランティアベースでは解決できない課題も抱えている」現状だそうです。 現場の先生の工 夫をこらした実践報告の中で「音読練習で音声ガイドを聴きながら、声を合わせて読む場面で、声が選べたらいい、つまり聴きとりやすい声がいいという希望が出た」と言われていました。音訳者として身につまされますね。
さて、中でも LD、ADHD児童の保護者のかたと兵庫県LD親の会「たつの子」代表の方の報告には、たぶん参加者全員が現状の厳しさを感じたことと思います。 当事者体験、そうしたお子さんをお 持ちの保護者、特にお母さんの叫びにも似た切実な声は、万人の心を打ちます。
「親子ともにパソコンが苦手だった。アイフォーンでDAISY教科書が使えるとわかった。今では、アイフォーンが家庭での教科書。画面を見ながら音を聞く。どこでも見たいときに見ることができる。勉強はまだまだ苦手。しかし勉強はしたい、という風に本人が変わってきた」と言われていました。
さて、広く一般に向けた啓蒙啓発の意味で のこのような催しに、さまざまな立場の一人でも多くの参加を願います。 最近、このような催しに区議会議員や都議会議員、国会議員の参加がみられるようになりました。最終的には、国からの支援なしには成り立たない分野です。国をも巻き込む活動が必要になってきます。
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