2010年の著作権法改正によって公共図書館でも、著作権者の許諾なしで録音図書の製作が行えるようになったことは、記憶に新しいことです。
しかし、ここから漏れた社会福祉協議会で活動しているグループのこと、地域ボランティアグループのことは、今後どうなるのか。同じように労力を使い録音図書を製作しているにもかかわらずです。
まだまだ充分だとは思いませんが、それでもここに至るまではには、当事者はじめたくさんの方の努力と熱意がありました。
1970年代、読書をすることを権利として位置付けた「視覚障害者読書権保障協議会」の活動がありました。
そして一方、1992年に「EYEマーク・音声訳推進協議会」が結成されました。
私も音訳ボランティアの傍ら、このEYEマークの理事として活動していました。
著作権者にあらかじめ、自著に「EYEマーク」を掲載してもらうことによって、事前の許諾なしで音訳を可能にしようとするものです。利用者からの依頼があった時に、タイムラグなしに録音図書の製作ができるというものです。
この会の理事長が、当時は東海テレビ放送の磯野正典さんです。現在は、金城学院大学の教授です。
何年ぶりでしょうか、この磯野さんとお会いしました。
上京の機会が多いということでしたが、このたびタイミングよく高田馬場で待ち合わせができました。
当時、ほとんど都内で開かれた理事会の会場は、「ルノアール」でした。一杯のコーヒーで時間をきにせず会議ができるのは、魅力的でした。
今回も高田馬場の「ルノアール」でした。懐かしさでいっぱいでした。
ことに当時は、右も左もわからない私でしたが、この「EYEマーク」に育ててもらいました。そこで出会った多くのみなさんと今もつながっていることが誇りです。
この音ボラネット立ち上げ前年の2006年「音訳ボランティア全国大会」開催のお知らせを全国に周知したいのに、どうしたらいいのかわかりませんでした。
その時に、EYEマーク協議会の会員名簿を使い「お知らせ」を送付することを磯野さんはじめ理事のみなさんから了承をいただきました。
会員の中には、全国の熱心な音訳ボランティアがたくさんいました。
ほとんどのみなさんが、全国大会に参加してくれて、ほんとうにありがたかったこと。
志しを同じくしながら途上で倒れた方たちのことなど話しました。
磯野さんは、以前と変わらずフットワーク軽く、お元気そうでした。
今度はまた、何をしかけるのか楽しみでもあります。今後もいろいろ教えていただきたいと思います。